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日本への16時間のフライトは疲れた | 地震予知・予測なら「予知するアンテナ」関東版

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日本への16時間のフライトは疲れた

 6月1日松前国際友好財団の奨励金に合格し、私の所で4ヶ月間共同研究を行うギリシャ人の若い先生が来日した。40歳後半の准教授だ。財団の計らいで成田空港において出迎えていただき、財団の東京サテライトオフィスのある東京駅まで成田エクスプレスに乗せていただいた。大変忙しい私にとっては助かる手配で感謝だ。


 財団の東京オフィスにおける1時間程度財団などに関するガイダンスを終えた頃に、私たちが東京オフィスに出向きPotirakis博士と面会し、引き取るという手筈だった。4か月の滞在であり、また電子メールのやり取りでなかなか用心深いように思えたので、荷物が多いことを想定し、現在滞在中のDimaさんに同行をお願いした。私のような老生ではおおきな荷物は手に負えない。予想通り、おおきいというより大の大のluggage二つだ。本人とDimaが一個ずつ運び、調布まで約1時間のJR線、京王線の旅で、電通大の国際交流会館に到着した。英語には全く不自由がなく、意思疎通に問題なく助かる。先ず、第一印象を聞くと、その答えは「16時間のフライトは長すぎて、疲れた」だった。アテネ-東京直通便がなく、ローマ経由のため16時間かかったのだ。海外へこんな長いフライトは彼の生涯で初めてであり、また不思議な日本も初めてだ。とりわけ、奥さんにどうしても行かなければならないのかと執拗に聴かれ、その説得に時間がかかったのだとは本人の言。彼が得た日本に関する事前の情報はどうも芳しくないことが多かったようで、来日していろいろ見聞きすると事前の情報が驚くほど間違っていたようだが、現在では調子よくその滞在はスタートしていると言える。


 彼の話を聞きながら、私たちが最初に外国へ出掛けた時のことを思い出した。1975年で、長男4歳の時で、家族で出かけた。一応英国シェフィールドでの住まいは事前に頼んでいたのだが、空港へ迎えに来てくれるはずの人が全くいない状況だった。東京を発つときにすでに5時間程度遅れ、さらにモスクワで5-6時間遅れ、トータルで10時間以上の遅れだ。迎えは帰ってしまったのだろう。知らない国でこれほどさびしいこともなく、完全なパニックだが、慌ててもしょうがない。子供が愚図り、汽車よりもレンタカーにしようと決めた。レンタカーのオフィスに行くも、最初の所は若いお姉さんは英語をまくしたてて何を言っているのか全く聞き取れず。隣の別のレンタカーへ。今度は幸いなことに、年配のおばさまで、ゆっくりと話してくれ、やっとの思いで車が借りられた。英国での車の通行は日本と同じ左側であり、M1という高速道路にてシェフィールドへ入る。しかし大変な思いだった。友人宅で数日過ごし、アパートなど落ち着いてから、大学へ出かけた。指導教官たるトム・カイザー(教授)から、“What a brave boy!”と言われたが、単にあきれ返ったにすぎないと思う。

<予知するアンテナから>
島国日本へようこそ!さぞ遠いところだと思われたことでしょうねぇ・・・。