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ニジニ・ノヴォゴロド(昔のゴーリキー)からの来客 | 地震予知・予測なら「予知するアンテナ」関東版

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ニジニ・ノヴォゴロド(昔のゴーリキー)からの来客

 5月末にJpGU(日本地球惑星科学連合)がAGU(米国地球物理学会)との合同総会を幕張において開催し、引き続いて5月26日(金)27日(土)の両日千葉大学においてIWEP(地震準備過程に関する国際会議)が開かれた。ともに参加したが、とりわけ後者は議論も沸騰し楽しい二日であった。なぜなら、私は最近外国での国際会議に出席できる体力はないので、プログラムを見ていける日を夢見ているからだ。前にもメルマガでご紹介したプラズマ物理の大家、故トラクテンゲルツ(Trakhtengertz)教授の愛弟子の若い教授Dima Iudinが両会議のために来日し、久しぶりの再会が叶ったのだ。更に、その後1ヶ月調布にて雷の発生に関する共同研究を行う予定で、楽しみだ。


 どの研究者も順調に研究生活を続けられるとは限らない。家族の問題などさまざまな理由により一時的に研究を中断することを余儀なくされたりする。しかし、そのような中断から次の新しいチャンスが生まれることも充分ある。Dimaは2000年前半に私たちの地震フロンティアプロジェクトの時に1年4か月日本に滞在し、私たちと地震に伴う電磁気現象にフラクタルの概念を持ち込む仕事をした。しかし、かれも一時研究を中断した。がいまはフラクタルの新しい方向性を求めて研究意欲十分だ。50歳前半の若い教授で、ロシアのNizhny Novogorod (ニジニ・ノヴォゴロッド)の出身だ。


 実はこの町はロシア第4の都市で、昔ゴーリキーと呼ばれた町で、周辺も含めると約200万人の大都市だ。その名前の由来は文豪マクシム・ゴーリキーにちなんでいる。もう一点はヴォルガ川とオカ川の合流点に位置する。同地出身の故トラクテンゲルツ教授もヴォルガ河クルーズによる学校(国際会議)を数回主催した。川を数日にわたりクルーズしながら、主要な場所では降りて観光するタイプの国際会議だ。一時は結構流行ったもので、旧ソ連の外貨稼ぎとして有用だった。わたしも度重なるご招待を断りきれず、気乗りせず一度だけ参加した。私はもともとこのようなカンズメ状態での会議は苦手なのだ。クルーズ学校というと一見大変楽しそうに思われよう。朝も食事は一緒、昼も夜も一緒。午前、午後に発表するのだ。私が一番気にかかったのは、夜船は止まるものの、必ずゆっくりした周期で揺れるのだ。これが仲々しんどくて眠れない。次は、トイレの問題だ。100人程度が上船し、複数個のトイレがあるのだが、どこも詰まった状態になる事だ。どこにいても、何処にトイレがあるのかを推測するのは容易な事だ。実は米国の電離層研究者として有名な教授の夫婦が上船していたのですが、奥さんが見えないので体調でも悪いのか旦那に尋ねたら、彼女はすでに下船し、帰ったとのこと。原因はわからないが。またクルーズの途中、確かニジニ・ノヴゴロドにおいて下船し、夕刻のバーベキューパーティが開かれた。参加者は蚊には喰われるは、スープは蚊の出汁入りだ。これも懐かしい記憶だが。

<予知するアンテナから>
ニジニ・ノヴゴロドは自動車産業でも有名な工業都市で、過去には「外国人立入禁止都市」とされていた時代もあるそうです。